取り組み事例
後藤正文・能登材ダイアログ④-MUSIC inn Fujieda
ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんと、能登の木材を活かす企画「後藤正文・能登材ダイアログ」。第4回の今回は静岡県藤枝市に建設された音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」の記事です。
MUSIC inn Fujieda は、インディーアーティストの録音環境を底上げし、音楽文化の継承と地域活性を同時に実現するために建設されたスタジオです。
キッカケは近年、レコーディングスタジオの減少や、制作環境の変化によってドラムを中心とした本格的な録音の機会が失われつつあることへの後藤さん自身の危機感からでした。宅録が発達する一方で、生の音を扱う技術や、スタジオでの交流から生まれる文化的継承が途切れてしまう——その流れに歯止めをかけたいという思いがアップルビネガーNPO法人設立へとつながりました。
スタジオの舞台となるのは、明治時代から残る静岡県藤枝市の土蔵。壊して建て替えるのではなく、地域の景観と歴史を守りながら再生することに価値を見出し、蔵を丸ごと持ち上げて基礎を作り直し、内部に“浮いたスタジオ構造”を設置するという特殊な工法を採用しています。ここには「長く愛され、世代を超えて使い継がれる場所をつくりたい」という願いが込められています。

また、MUSIC inn Fujieda は滞在型スタジオとして泊まれるスペースも併設し、若いアーティストが寝食を共にしながら創作に集中できる環境を提供します。地域の人々や旅のゲストが、ワークショップ・交流できる部屋も設け、多様な人々が交わる“開かれた文化拠点”を目指しています。
クラウドファンディングによる参加型の運営も特徴で、「このスタジオは私たちのもの」という意識を育みながら、みんなで価値観を共有し、音楽とコミュニティの新しいあり方を共創していきます。MUSIC inn Fujieda は、音楽を通じて新しいつながりを生み、文化をボトムアップで支えるための場所です。
能登ヒバ楽器プロジェクトでは、2025年2月に後藤正文さんが能登を訪問したことをきっかけに、能登ヒバや能登の解体現場から出てくる古材を施設に活用していくことになりました。活用した古材は、地震被害により解体された輪島市の西慶寺に使われていた材料です。能登の復興支援の輪を広げること、利用される皆さまに防災への意識を高めていただくこと、そして能登と藤枝をつなぐ場をつくることを目的としています。

今回の記事では、その完成したばかりのスタジオで、設計士で建築家の「光嶋裕介」さんとのインタビューの様子をお届けします。

ーーまずは光嶋さんと後藤さんとの出会いからお聞かせ願えますか?
光嶋 もう10年以上前のことですが、僕が神戸に設計した内田樹先生の道場・凱風館に後藤さんがTHE FUTURE TIMESというご自身のペーパーの取材でいらしたのがきっかけでした。その時の内田先生とのインタビューを、オーディエンスとして聞かせていただいたのが、ファースト・コンタクトですね。
ーーその後、光嶋さんの個展『幻想都市風景』を見に来てくれたんでしたっけ?
光嶋 はい。僕は建築家として建築を設計することと同じくドローイングを描くことも大事にしていて、建築に対するアイデアを絵の中で探求するために毎年個展などで作品を発表しています。凱風館でお会いした後に個展の案内状を送ったら初日に来てくれました。その後もお忙しいなか個展に来てくれて、たしか2回目の時だったか「次は都市をイメージした『Wonder Future』という真っ白なジャケットのアルバムを作ろうと思っている。そのライヴツアーのステージ・デザインをしてくれませんか?」って言われて、飛び上がるように嬉しくて、すぐお引き受けしました。
ーー美術手帖のインタビューを読ませていただいたんですけど、ライヴというもの捉え方がすごく新鮮でした。
光嶋 音楽という形のない芸術と、空間という形しかない芸術をどのように結びつけて空間をつくることが可能なのか考えました。そこに音楽の「時間」が生まれる時に空間においてどんな喜びやミラクルが起こるか? それをずっと考えた結果、白いカンバスとしての高層ビル群にドローイングをプロジェクションマッピングするというアイディアに辿り着きました。
ーーその辺、住宅を設計される時の気持ちと比べるといかがなんでしょう?
光嶋 ステージはツアーが終わったらなくなってしまうから、儚いというか、仮設建築のようなものなので、物理的には無くなってしまう。でも、アジカンの音楽を浴びるようなライブの時間をずっと忘れられないような体験にしたいと考えました。

ーー震災後の能登にも行かれたんですよね。
光嶋 後藤さんとは『Wonder Future』のあとも定期的にお会いし、個展に合わせて対談させてもらったりする中で、本当にリスペクトする存在となっていきました。後藤さんの突出したところは一見綺麗事に聞こえるかもしれないことが、口だけではなく、常に行動が伴っているところにあります。反戦や反核について、ガザのことなど、後藤さんがいつも遠くまで想像力を広げていることに共感するのです。音楽についても、ご自身がここまでやってこられたのはたまたまで、これからは若手にチャンスをつくる役回りにあると言って、作品賞 (APPLE VINEGAR Music Award)を立ち上げて、NPO法人アップルビネガー音楽支援機構までつくった。僕は3つ上にレコード会社で働く兄がいて、そんな兄貴と重なる部分が少なからずあって、後藤さんが向いてる先はかっこいいなー、といつも思っています。能登についても「1年経って風化し始めてる現状をなんとかしたいから、現地に行くつもりだ」と言うので、僕も誘ってもらいました。
ーー実際に行かれて‥。
光嶋 雪景色で、海が荒れてて、なにより海岸線が変わっていて、衝撃的でした。1年以上が経過しても建物が壊れたままであることに、言葉を失いました。これは、無視できなくて、何かできないんだろうか? と話ながらみなさんと1日過ごしました。
ーーその時に「この古材を藤枝で」という話も?
光嶋 はい。これを今作ってるスタジオに使ったら、というのはすぐ思い浮かびました。そして、実際にこういう流れになったことは嬉しいし、ありがたいことではありますが、本当はもっと何か大きく貢献できるのではないか、とも思っています。というのも、壊滅状態にある畳屋さんとも僕は十何年間つきあっていて、「僕が設計している家に畳12畳入れます」っていう提案では、焼き石に水なところがあっても、やはり、粛々とできることをやることのたいせつさを実感していて、能登古材についても、自分のプロジェクトと繋げる以上の仕組みや大きな提案をどのようにしたら実現できるかを考えています。
ーー1つの事例からということですね。
光嶋 そうなんです。やはり、根源的には建築って地球からつくられていることへの想像力をもつということです。つまり建築における地球を再構成していくって視点を忘れずに、自然に対する敬意をもって仕事したいと思っています。単に能登の材料を使えば、ではなく常にどの材料でどう使用するかで、空間が生き生きと立ち上がるかについて考えています。

ーー後藤さんは、ここ数日、実際にスタジオを使い始めているようですが、いかがですか?
後藤 響きがいいですね。天井が高いので。都内の狭いスタジオってほとんど吸音層みたいになっててデッド(響かない)なかんじになるんですけど、ここはめちゃくちゃライヴ。しかも使ってる木のせいなのか明るい響きがする。気持ち良く歌えます。力を入れなくてもそうなるので「そこは逆に気をつけないとな」って。
ーー「ここで鳴らすドラムの音も楽しみ」という発言も拝見しました。
後藤 ドラムに関しては空間が広いぶん、録れた情報量が明らかに多い。アジカンの練習スタジオで録った音とも全然違う。
ーーそういうのって今後の作品にも影響しそうですね。
後藤 そうですね。あとインディーの子たちは狭いデッドな部屋でしかやったことないと思うから、こういう響きのスタジオでやるのは貴重な体験だと思います。使ってもらって、意見ももらって、みんなで育てていく。それは3年とか5年はかかると思いますが。
ーーやはりそれぐらいは?
後藤 自分のプライベート・スタジオでも、10年ぐらいたってやっと分かってきたこともありますから。

ーー光嶋さんにとってのスタジオづくりはいかがでした?
光嶋 蔵の中にスタジオをつくるっていうことは、最初から建築の外形は決まっちゃってるということ。既存の建築の中に新築の建築をつくる「ボックス・イン・ボックス」っていう二重構法でつくるのが入り口としてあって、防音対策として必要な物理的な制約の中から設計がはじまりました。あと、後藤さんからは「空気量が大事なんで空間をなるべく最大化してほしい」と言われたので、2階の床も取っ払いました。その結果がこうしていい方向に出てホッとしています。
ーー内装の板壁が床に向かって内側に広がってるように見えたんですが、あれはスタジオのお約束である「並行面をなくす」ということなんですか?
光嶋 そうです。床に向かって5度広げています。どの方向についてもフラッターエコーして欲しくないから180度で正対しないようにしたんです。空間の造形を複雑にすることで、見えない音の波が拡散することは、最初からイメージして、ドローイングも描きました。

ーー普通、そういうのってスタジオ設計の専門家の領域ですよね?
光嶋 もちろん専門家に見ていただきました。「ここにはこういう吸音材を入れないと音が漏れてしまうよ」とか「音の反射が強すぎてうるさくなってしまうよ」とか。いちばんシビアだったのはさっきも言いましたが、近所に音漏れしないように、という徹底した防音対策だったんです。最初の半年はひたすらそれをクリアすることに必死でした。無事、蔵の改修をして防音基準をクリアしたら、その次は新築のスタジオ建築の内部では音を響かせないといけない、という一見矛盾した条件が大変でした。

ーー後藤さんはスタジオ作りについては?
後藤 情報としては知ってたけど実際に作るのは初めてでしたからね。日々勉強で。でも専門家がたくさん入ってくれたのでオール・チームでやったというか。建物だったら光嶋さん、内側の音響面は佐竹さんや内田さん。
光嶋 それぞれのスペシャリストが集まってるので、何かあってもすぐ「あ、それはここかなあ」って分かる感じがとても良かったですね。
後藤 現場監督の玄さんっていう方がいるんですけど、その方がすごい人で、専門家同志の間をうまく埋めてくれた。潤滑油というか。
光嶋 玄さんがいろんなプロが好き放題言うのをちゃんとケアしながらまとめてくれましたね。あと施工してくれた飛鳥工務店というのは宮大工なんです。だから蔵のこともよく分かっていて、揚げ屋の技術もあるのが大きかったですね。お城の石垣の補修は石を持ち上げて移動してあとから戻すんですけど、それと同じように蔵も揚げ屋の技術で持ち上げて、足下の土を掘って、基礎をちゃんとつくってから降ろして、大地としっかり繋げているんです。そういう技術って今は出来る人が本当に少なくなっていて、貴重なんです。それと、木を加工する技術の素晴らしさは、目を見張るものがありました。能登ヒバを切ったり、いただいた古材の反りをすぐ直したり。
ーー現場監督の玄さんって、スピーカーの天板を代えてた方ですよね?
後藤 はい。あの天板に使った能登の松の木。茶室でも使ったし、大活躍でした。
光嶋 もとはお寺の床板なんですよ。40センチの幅で4メートルぐらいの自長さがある立派な古材を何本か譲っていただいたので、コントロール・ルームでも使わせてもらいました。蔵の内装は元々の蔵の木を半分以上再利用しています。


メインの土蔵内スタジオ(元々の蔵にあった古材を再活用した)
ーーいろんな再利用がなされてるんですね。
光嶋 建築は、記憶の器であり、地球のパッチワークだと思って設計しています。今回は春に後藤さんと行かせてもらった時からの能登とのご縁もあり、そうしたストーリーも大事に重ねていく感覚で設計していきました。
ーー同じ能登の材を使った後藤さんのギターが完成したら、それもこのスタジオで鳴らすことになりますね。
光嶋 能登の材料が藤枝で出会い直す、というのは、嬉しいですね。ま、それもストーリーのひとつとして、今後の静岡と能登を繋ぐというか、人々の行き来するきっかけにしたいと思っています。
後藤 実際に能登に行って思ったのは、基礎から少し外れただけで解体されてしまう木材たち。正直もったいない。住んでた方の想いのある材ですから。そういうのが無惨に捨てられるより再利用した方がいいですよね。「私たちの木がまた静岡で使われているんだ」と思ってもらえるように。いちばんつらいのは誰も自分たちのことを考えてない状態、ですからね。近くにはいないけど同じ国で暮らしている。困ったときはお互いさまじゃないけど、そういう心の寄せ合い方の一つの象徴として。ここには熊本の災害材も入ってるんですよ。
光嶋 家具とかをつくってもらいましたね。
後藤 熊本には災害材を家具に変えている所があって。ATENOTEの古谷さんだけじゃなく熊本にもそういう取り組みをしてる人がいるんです。

ーーMUSIC inn Fujiedaはそうした方たちのハブにもなるといいですね。
後藤 そうそう。すべてが災害のためにゴミになっていくんじゃなくて、やり方も使い方もある。そうすると外側にいる人たちの意識も変わってくる。本当の意味で街を更地にしなくてもいい。
ーー本当の意味、精神的な意味でもね。
後藤 はい。本当だったら材はまた使い直して自分たちの街にそなえつけることも出来るはず。制度の問題でそれができないんだったら、それはどうなのか? って投げかける一つのきっかけになると思うんですよ。
ーーあとは我々もそれを伝えていく。
後藤 そうですね。そういう発信の役割も大事ですよね。
(インタビュー/構成 今津 甲)

そして、ついに完成したMUSIC inn Fujieda。ミュージシャンが「自由に失敗できる、何度でもチャレンジして素晴らしい作品をたくさん作っていく」空間として、2026年から本格稼働していきます。利用される方に、能登ヒバと古材が活用されている部分にも注目して、防災と支援の意識を育んで頂けると幸いです。また、能登ヒバの芳香効果は「集中力を高める」という効能もあるので、より良い製作活動につながることを願っています。
そしてインタビューを行ったMUSIC inn Fujiedaの3階に、オークやクリ材のフローリング材もフルタニランバーとして寄贈させていただきました。無垢板のぬくもりを感じながら是非、施設利用をしてください。
次回はいよいよ能登材のエレキギターが完成。その様子を取材したいと思います。
その他のプロジェクト
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